仏法は希望の生命学

大白蓮華9月号 


「心の病に向き合う」
変転してやまない人間の心。
心は絶望し、苦悩する。
その一方で、歓喜し、感動する。
この心の不思議を極めたのが、仏法である。
とすれば、仏法にこそ、現代人の
心の病を乗り越える鍵があるはずだ。


インタビュー池田名誉会長の生死観に学ぶ/うつ病と自已の確立
北九州総県ドクター部長/香西洋さん 精神科医


現代の日本は「一億総うつ時代」と言われる。うつ病が、心の病であるとともに、社会の病であるとすれば、うつ病への考察を通して、現代社会の病根を知ることができるだろう。長年、臨床現場でうつ病の治療に当たってきた精神科医の香西洋さん(北九州総県ター部長)とともに、うつ病と現代日本について考えてみた。

「誰でもかかる病気」
 うつ病になる人が、とても増えるように感じます。

香西 世界的にも増えています。日本では、昭和40年代から目立ち始めました。特に、この5年、10年の増加は著しい。うつ病は、だれでもなりうる病気です。生涯有病率は4~10%。つまり、うつ病の経験のある人は、100人のうち、4人から10人はいるのです。

    
 主に、どんな症状があるのでしょうか?

       
香西 うつ病は、心が落ち込んで生活に支障を来し、しかもそれが2週聞以上続いている状態をいいます。精神的には、まず気分の沈み。それから物事への興味や関心がなくなる。何をするのも億劫になる。集中力がなくなる。自分はだめな人間なんだという罪業念慮や死にたいという希死念慮が出てくる。身体的には、全身が気だるく、疲れやすくなる。睡眠障害、食欲不振なども起こります。


 どれも日常的に起こりうることですね。


香西 だから、うつ病というのは、わかりにくいのです。うつ病自体は、ほとんどの人が知っています。しかし、いざ自分がなったり、周りの人がなったりした時に、それがうつ病であると気が付かないことが多い。単に怠けているだけ、疲れているだけ。そう思い込んでしまう。それで無理が重なって、どんどん悪くなってしまうのです。ただし、うつ病は、必ず治る病気です。


「亭主在宅症候群」 
 男性と女性では、どちらが多いのでしょうか?

香西 女性は男性の約2倍です。女性は、男性に比べて、社会的な制約が多く、ストレスを抱えやすい。自己主張ができない。白已実現ができない。要するに、自分らしく生きられないのです。例えば、「亭主在宅ストレス症候群」というのがあります。会社人間だった亭主が退職してから、じっと何もせず家にいる。それが妻にとって、ものすごいストレスになる。それまでは、昼間、やりたいことをやれたのに、夫がいると面倒を見なくてはならない。それで、いらいらが募って、うつになる。

 

女性は、うつ病になった後も大変です。うつ病に一番必要なのは休息です。男性は、仕事を休んで家にいれば休息になります。しかし女性は、仕事を休んでも、家事育児をしなければなりません。これでは休息になりません。だから周囲が支えていくことです。

 高齢者のうつ病の特徴は?

香西 長年、社会的に活躍してきた人が、引退してから急にうつ病になることがあります。調べてみると、幼いころ親を亡くしている人が多い。なぜか?親を亡くすと、早くから独り立ちを強いられる。人に頼らずに、頑張って生きていこうとする。そうした生き方が、幼いころから身に着いているために、社会的には成功することが多い。しかし、年を取って、頑張れなくなると、急に不安に陥る。人に頼らずに生きてきたのに、今度は、人に迷惑をかけるかもしれないと心配になる。   

 

また、そういう自分が許せない。「迷惑かけてもいいじゃないですか。十分に頑張ってきたんだから」と言ってあげると、安心して、すぐに治ってしまうのです。

「頑張り中毒」   
 うつ病は遺伝しますか? 

香西 遺伝の影響もありますが、親がうつ病なら必ず子もうつ病ということはありません。統計的に少し差が見られるぐらいです。 うつ病になりやすいかどうかは、むしろ生き方で決まります。すなわち、自分が置かれた環境に対する向き合い方です。周囲の期待に応えて頑張ろうと努力してきた人は、うつ病になりやすい。期待に応えたいという気持ちの根には、他者に気に入られて安心を得たいという欲求があります。             

 

要するに、いつも生きる軸が、自分ではなくて、他人にあるのです。生きる軸が、自分にあれば、苦しくなると自分でやめられる。しかし、他人にあれば、他人がやめていいと言わない限り、やめられない。際限なく無理してしまう。要するに、うつ病は「頑張り中毒」なのです。

  中毒なんですか……

香西 実は、うつ病とアルコール中毒は深い関連があります。うつ病時の飲酒はうつ病の治りを悪くします。私の病院に来るうつ病の中年男性のうち、半分以上が潜在的なアルコール依存症といえます。アルコール依存は、アルコールという物に対する依存というよりも人間関係の病なのです。だから、人間関係がよくならない限り、よくなりません。  

 

吐血をして救急車で運ばれて「こんな苦しい思いをすなら、もう酒やめます」という人がいます。しかし、まだやめないなと思う。その人の人間関係が改善されていないからです。一方、酒をやめて庭で畑仕事を始める人がいます。「孫がトマトを喜んで食べるんです」と顔をほころばせる。こういう人はよくなります。人間関係がよくなっているからです。


アルコール依存症、社会不安障害、パニック障害、全般性不安障害、強迫性障害などは、私が見るところ根は一緒です。自已評価が低く、自己受容ができていないということです。条件の違いによって、これが、いろいろな出方をする。場合によっては、かぶって出てくるのです。

「休養が第一」       
 主に、どういう治療法をするのでしよう? 

   
香西 何より休養を取ることです。頑張り過ぎてなった病気ですから。学校や会社を休む、主婦であれば家事や育児を休むということです。基本的には、家でゆっくりする。特別な気晴らしなどは、かえって逆効果です。    

 

次に環境調整です。残業をやめるとか、職場をかえてもらうとか、家事を家族やヘルパーにしてもらうとか、休養のための環境づくりをします。そのうえで、薬物療法や心理療法を行ないます。薬物はかなり効果がありますが、薬物だけでは治りません。また薬物で注意すべきは、飲み始めて効果が出始めるまでに2週間はかかることです。また、よくなったからといって、すぐ服用をやめない。すぐやめると再発の可能性が非常に高まります。

      
 どのくらい再発しますか?

香西 すぐやめると約80%再発します。半年薬を飲んでやめると約20%です。最低半年間は、薬を飲み続けることです。また、薬物だけでなく認知行動療法を併用することです。うつ病がよくなるには、3ヶ月かかります。焦りは禁物ですので回復には、かなり長くかかると理解しておくことも大切です。

「仏法に近いほど効果が」

 心理療法は何をするのでしょうか?

香西 心理療法の代表が認知行戴療法です。患者さんが、それまでできなかっ.た捉え方、考え方に、自分の力でたどり着けるよう、導いてあげる。また、ストレスを抱え込まない行動ができるよう、思者さん本人が学習していくことが大切です。

具体的に、何をするかは、その人その人で異なります。自己主張でよい人には、まず自已主張していいんだど気づかせる。それで自己主張できないなら、できるよう訓練する。どこまでも現実の人間の課題に即した治療法です。

「仏法の発想に近い治療法ほど効果があります。仏法は最高の心理学なのです」

香西 その通りです。仏法に近い発想の療法ほど効果があります。ただし、どんな心理療法より、仏法の方が、はるかに深い。仏法のどこがすごいか? それは、自分の中に仏界の生命があると説いていることです。仏界があるのだから治らないわけがない。

仏界とは、無作三身、すなわち「はたらかさず・つくろわず・もとのまま」(p759)ということです。たとえ、今、自分がだめな状態でも、そのままの自分を認めてあげる。そのうえで、自分には素晴らしい仏界があるのだから、その仏界を出せるよう努力していこうと考えていく。

病気の状態は、刻々変化する生命の一局面です。変化している以上、よくなっていけるのです。悩み、苦しみ、泣き、笑う、その生身の人間の現実を認めたうえで、苦を抜き、楽を与えていく。それが仏法の慈悲です。認矩行動療法もまた、患者さんの現実に目を向け、現在を変えさせていきます。

      
 フロイトの精神分析療法などはどうでしょう?

             
香西 はっきりどした効果が実証されていないので、臨床家の立場としては用いにくい。人間は罪深い存在であるというキリスト教の発想が背景にあるように思います。これに対して、認知行動療法は、悩み苦しむ現実の人間に即して「人間は変われる」ことを示していく。仏法に極めて近く、実際に効果が高い。

ただ仏法は医療として説かれたものではないので、うつ病の治療に際しては、賢明に医学の知見を活用していかねばなりません。

「激励はしない?」 
 どういう医師がいい医師でしょうか?

香西 一番大切なのは、患者への同苦です。単なる症状を見るのではなく、現実の生活を営む人間を見るのです。具体的には、じっくりと悩みや苦しみを聞いてくれ、安心感を与えてくれる医師がいいでしょう。一方で、患者自らが、医師となり、看護師となって、主体的に治療に参加していくことも大切です。

 家族の接し方は?

香西 とても大切な役割を担っています。家族が、ありのままの自分を認めてくれていると思えば、よくなるのです。だから、決して無理をさせず、安心して休めるようにしてあげることです。   

 

本人が勤め先と話しにくいなら、代わりに話をしてあげる。家族が大変なら、代わりにやってあげる。生活全般の面倒をよく見てあげることです。いつまで薬を飲むべきなのかといった医療の知識も欠かせません。

 ただ一番大事なのは、自殺に注意することです。


「自殺したい」と言う人は自殺しないという迷信があります。しかし、実際は、そういう人ほど自殺率が高い。また、自殺未遂を起こした人は既遂率が高い。よくよく注意しなければなりません。実際に自殺しようとしている人であれば、いつも一緒にいて止めるしかない。入院させた方がいい場合もある。入院はいやかもしれませんが、自殺予防の緊急性には替えがたいと思います。

 うつ病の人は激励してはならないと、よく言われますが……

香西 うつ病だから激励するとか、しないとかではありません。その人が激励を受け止めて頑張れる状態なのか、それとも静かに休ませた方がいいのか、それを見極めることです。


無理な激励は、何十キロも走って疲れて倒れ込んだマラソン選手に「もっと走れ!」と叱りつけるようなものです。もう自分は頑張れない。どんなに激励されてもだめだ。皆に迷惑をかけて申し訳ない。そうやって自分を責めていけば、ますます病状が悪くなり、自殺に追い込まれかねません。

ただ、うつ病でも励ましていい時期があります。すこし元気になって、今までやれなかったことが、やれるようになった時です。例えば、散歩に行けなかったのに、行けるようになった。その時は、激励というよりも、やれたことを喜んであげるのです。「よかったね! 散歩に行けて」と。


それも、周りに喜んでもらいたいという気持ちが強すぎる人には、負担を与えることもあります。「もっと頑張って」の気持ちからでなく、よくなったそのままを喜んであげる.それが本人を無理なく勇気づけるのです。

「自分を受容する」

 励まし方にも、いろいろな側面があるということですね。

香西 激励には、相手を支配しよう、利用しようという激励もあります。相手の心に侵入して、自分の思う通りに操りたい。これは、他化自在天の生命です。こうした激励を受けると、相手は精も根も呆ててしまう。絶対によくありせん。

激励というのは、相手の生命力を高めることです。やる気を出させることです。自発性、主体性、能動性が発揮できるようにすることです。決して、相手の力を奪い取ることではありません。

 ただ、無理しても頑張るべきつかを見極めるのは、とても難しいですね。

香西 それには、大切な前提があります。本人が、周囲の期待に応えようというのではなく、自分で本当にやりたいと思っているかどうかです。他人のために頑張るのか、自分のために頑張るのか。他人のために頑張るにしても、自分が心からそうしたいと思っているならいいのです。

しかし、小さいころから、他人のためにという考え方が刷り込まれている人の場合には、その区別がとても難しい。また、他人のためにといっても、本当は、相手のためではなく、それによって、相手を支配しようとしている場合もあります。

 うつ病にかかりにくくなるには、どうすればいいのでしょう?

香西 それは、自己を確立することです。自発性、主体性、能動性を培うことです。他人の評価に囚われるのではなく、「自分はこれでいいんだ」と自分を認めること、受容すること、肯定することです。

うつ病は、苦しい病気です。しかし、うつ病になったことで、自分の生き方をしっかり見直していくならば、それは境涯草命のチャンスです。

「競争社会の病理」

  うつ病と現代社会の関係は?

香西 うつ病は人間関係の病気と言いましたが、人間関係は広げていけば、社会関係です。その意味で、うつ病は社会全体との関係の病気でもあります。

うつ病の増加の背景には当然、現在の日本の過酷な社会状況があります。競争がますます厳しくなり、「結果を出すこと」についての、社会からの要求が強まっている。「いつまでに、これだけの業績を上げろ」と要求される。その要求に応えようとして無理し過ぎた人が、うつ病になっています。


 自殺も急増しています。年問3万人以上が亡くなっています。

香西 3万人以上と言えば、交通事故の3倍です。恐ろしい数字です。 特に、中高年の男性の増加が目立ちます。リストラや過酷な残業がストレスになっているのです。銀行が貸しはがしを始めた98年から急増したという指摘もあります。

実は、失業率のグラフは、自殺率とほぼ一致します。だから自殺を抑えるには、失業を減らすことです。結局、景気がよくなったといっても、その恩恵を受けるのは、一部の人々であり、その背後には、貧困に苦しんでいる彰大な人々がいます。日本は貧困率が第2位です(先進17カ国で)。驚くほど格差が広がり、生きづらい世の中になっているために、うつが増えているのです。

「人間尊重の社会へ」

 社会はどのような努カをすれ一いいのでしょうか?

香西 例えば、うつ病の新薬は極めて高価です。こんなに高価では実際の医療現場で使うことが難しい。また、うつ病にかかって休息を取ろうにも、会社を休めば、給料が減ったり、失業したりする。だから、多くの人が休めずにいます。社会的弱者が、真の意味で自立して生活できるよう社会が応援する必要があります。

うつ病については、学校教育の現場でも、しっかり取り上げるべきです。少年犯罪が起きるたびに「一人の生命は地球よりも重い」と語られます。しかし、実際に一人ひとりが自分らしく生活できていることが、生命が大切されているということだと思います。本当に、生命を大切にする教育が求められていると思います。

  仏法の素晴らしさを実感するのは、どういう時ですか?

     
香西 仏法は実地の体験からすごいと思います。万人に仏界の生命があると知っていれば、患者さんに対する接し方が変わります。医師も人間ですから、向き合うのがつらい患者さんもいます。それでも、相手の仏界に語りかけていこうとすれば、相手の反応も変わります。

 

「自分には何の価値もない」「自殺したい」という人にも、あなたには素晴らしい生命があるんだと確信をもって言えます。仏法そのものが最高の心理学です。 池田名誉会長は語っています「社会の人々が希求している、患者に生きる自信と勇気を与えゆく。という医学本来の使命を果たしゆくためにも、医療者自身にも、より深い人間観を持つことが求められている。


その意味からも、医学を中心として人間を見るのではなく、人間を中心にして医学をどうするかという観点を持つことが、今後ますます重要になるのではないだろうか」 
本当に一人を大切にする人間観が確立された社会であれぱ、うつ病など起きません。人間尊重、生命尊重の社会の実現に向けて努力していきたいと決意しています。

以上