心の病に悩む友へ

病苦(ふゆ)の日も 
祈り祈りて 
明日(あす)の勝利(はる) 


「河合 一 さんからのお手紙」 

このお手紙は、私の友人が、一生懸命に学会活動をしているにもかかわらず、よくならない「心の病」に悩んでいる時に、河合 一さんに宛てたお手紙の返事です。本人から、「同じ悩みを抱えている友のためになるなら」との了解のもと、掲載させて頂きました。                            

 

朗らか太郎

お手紙、拝見しました。昨年2月に定年で退職したので、転送されてきたため、ご返事が遅くなりました。日蓮大聖人は、「夫れ人に二病あり、一には身の病…二には心の病…仏に有らざれば二天三仙も治しがたし」(中務左衛門尉殿御返事、1178ページ)と仰せです。「心の病」は仏でなければ治せないし、仏ならば絶対に治せると教えているのです。このことを確信すれば、心の病は治り始めるでしょう。

 「心の病」というのは、ただ心が弱っているのではなく、生命そのものが弱っていて、「落ち込んで」いる状態をいうのです。そのために、自分自身が思うようにならず、すべてに意欲がわかず、努力しようとしても続かず、不安でたまらなくなり、あせってますます落ち込む、ということを繰り返す状態になるのです。信心していても、御本尊に向かう一念が定まらず、決意したとしても持続できず、不安と不信の心に支配されているのでしょう。

 あなたの場合、それは「信心が惰性」だからではなく、病気のせいなのです。ですから、ほかの人と同じように、「頑張って、変わろう」と思わないことです。「頑張ろう」と思っても、「頑張れない」ので落ち込むだけだからです。例えば、長い間の病気で、体力が弱っている人が、健康な人と同じように激しい仕事をしようとしたら、無理なだけではなく、ますます体力が弱ってしまうでしょう。まず、十分に体力を回復してから、仕事をするのが常識です。

 それと同じで、あなたの場合も、弱りきっている生命力を、少しずつでも強くしていくことが先決なのです。ウサギとカメが競争をして、カメが勝って、という説話がありますが、あなたはウサギ(他の人)のようにピョンピョン跳んでいくのではなく(それは無理ですから)、カメのように遅くても着実に前進して、「最後には、必ず勝とう」ときめていくことです。

 勤行や活動も、具合の悪い時は、やらないことです。なぜなら、池田先生が、「信心は義務ではない。幸福への権利」と指導されているように、「やらなければならない」と思ってやると「義務」になり、重荷になり、苦しくなるからです。勤行・唱題は、生命を強くするための、「命のトレーニング」といえるでしょう。少しずつでも、命を強くするために、「祈る」ことが根本です。「絶対に治る」「絶対に治りたい」「治してください」と願いながら、題目をあげることです。

 しかし、体調が悪い時に、無理なトレーニングをやれば、かえって体をこわしてしまうように、勤行も具合が悪くてできない時にはやる必要はありません。まして、活動しなければ、折伏をしなければ「宿命転換はできない」などと思い込まないことです。重荷になるだけだからです。

 あなたが、病気を治して、健康になった姿を示すことが、折伏になり、仏法の証明になるのです。今、あなたが仏法は素晴らしいと語っても、相手に「感応(生命で感ずること)」しないでしょう。かえって、成果にあせって、信仰の押しつけになってしまい、不信を招くことになります。信心は、「頑張るため」にやるものではなく、「頑張っていれば変われる」のでもありません。生命・生活が「変わる」ための実践なのです。「治るのだろうか」とか、「どうしたらいいのだろうか」と、不信だったり、迷っていたのでは、「変われない」でしょう。

 日蓮大聖人は、「元品の無明を対治する利剣は 『信』の一字なり」(751ページ)と仰せです。生命の根本の迷いを断ち切るのは、御本尊を「信」ずることしかないのです。「絶対に治る」と信じることだけが、あなたを「蘇生」させるでしょう、そして、少しずつでも、「治そう」という題目をあげていけば、必ずよくなっていきます。よくなってきたら、自分ができる範囲で活動をしていくことはかまわないでしょう。

 皆さんは、あなたを早く元気にしようと、「(勤行・唱題や活動を)頑張ろう」と励ましてくれるでしょうが、「だから頑張らなくちゃ」とは絶対に思わないことです。今までは、それで失敗したのですから、どこまでも、自分のペースで「頑張る」ことです。そして、生命が強くなれば、他の問題はすべてよい方向へ変わっていくでしょう。もちろん、そうした具体的な願いを祈っていくことは自由です。


 河合  一    ○○様へ
病苦(ふゆ)の日も 祈り祈りて 明日(あす)の勝利(はる)

コメントは管理人が承認するまで公開されません。

お名前は「ニックネーム」でお願いします。

コメント: 61
  • #61

    みぃ (木曜日, 13 9月 2018 18:49)

    最近友人が仕事中に倒れて記憶障害になってしまいました。

    私は昔から感情移入してしまい私もなるんじゃないかと思い初め似たような症状がでています。

    心療内科に行ったら不安障害っと言われました。
    題目あげて1度は気持ちがあがるんですが数時間するとさがってしまいます。
    どうしたらこの不安が消えるのでしょうか。

  • #60

    コス (土曜日, 01 9月 2018 20:49)

    こんばんわ。
    私は、医者に不安障害と診断受けてます。
    その私の夫が、最近、認知症と診断が出ました
    しかし、診断に至るまでに、3年の月日が経ち、その間、本人は、症状を家族に訴え、医者に行こうとしなかったり、医者に通っても、家族にばかり訴えるとという状況が続き、こちらも、本人の症状に振り回され、苦しい3年間でした。
    やっと、認知症とわかり、本人の出てる症状も常にありますし、脳機能障害による不安からの甘えだとわかりましたが、同時に私に疲れが出て、今は、夫のその症状を見る都度、私の方の心が拒絶し始め、今は、顔も姿も見たくないという状態に。特に二人で同じ空間にいると恐怖さえ感じるようになり、今は、家庭内別居状態になってます。  そんな状態なので、題目もまともにあげれず、たまに3唱を思い出してするという状態です。 ほんとに、家族の病気に影響され題目があげれなくなる時があるのですね。こういう時は、どうしたらいいのでしょう

  • #59

    もも (火曜日, 28 8月 2018 13:20)

    真面目に続けて来たので、ただ私の心の中がどうにもならず 婦人部に相談乗ってもらいながら 信心面での立回りは非常に難しくなりますが 気持ちを決めて 廻りが自然と解決して行く人生を選びたいと思います。
    役職は降りないと心中の仏様が苦しい
    それは申し訳ない、自由に楽しく生きます
    役職も降ります。

    日本の学会組織でまだ理解されない 心の病。
    産まれ発達障害。約50年の悩みが解決に向かいそうです。尚、学会の会館でヘルプマークつけると、扱いが全く違います。それはそれは至れり尽くせりなんですよ。
    ここに辿り着けた人は幸せです。
    ありがとうございました。

  • #58

    ソフィ (火曜日, 21 8月 2018 16:45)

    河合師範のお手紙に出会って、私も本当にありがたかったです。
    心が不調に陥った時聴けるように、ICレコーダーにも吹き込んでいます。
     
    お題目を、自分の生命にそして、心、脳に染み込ませるように唱えていきたいです。
    しかしながら、落ち込みが強いとなかなかあげられず、苦しいです。
    なんとか、諦めず健康な安定した心、思考を獲得していきたいです。

  • #57

    くみこ (月曜日, 02 7月 2018 17:13)

    ご指導読ませて頂いて気持ちが少し楽になりました。今娘のことで悩んでいます、社会人として力をつけたいと、仕事、仕事の毎日で
    勤行、少しばかりの唱題、座談会、同中は都合が合えば嫌がらずに参加していますが、組織から、離れたがっています、仕事で、この会合は無理と言うと仕事も、活動もちゃんと両輪で進められるように祈ってないからだとか、頑張らないと親(私)とおんなじような人生を歩むよと…(私が離婚してるので、片親で育つと自分に自信がないから、影があり暗いとも、言われたそうです)そんなことが、日々の学会員さんや、幹部の方と接触するたびに色々あって(幹部の方の指導は間違ってないのかも知れませんが…)
    娘とは別の組織なのですが、お母さんの組織に統監を移したいと言ってます。私がお世話になってる組織はすごく居心地が良く色々功徳の体験など娘に話していたのですが。(統監のことは、私のお世話になってる先輩幹部の方に、相談しようと思っています)
    ご本尊様にありのまま祈るしかないと、わかっているのですが、どう祈っていいのか解らず辛いです。色々言われて怖くて罰よけ信心になっています。まとまりのない文章に、なってしまい申し訳ありません。先生の指導を探してましたら、こちらへたどり着きまして、書き込みさせていただきました。
    同じような悩みで、乗り越えられた体験などあられる方のご意見、ご指導お願いします。

  • #56

    元創価班 (木曜日, 21 6月 2018 13:39)

    みどりん様

    僕も、唱題が苦しいことは、よくあります。
    多分、うつの症状だと思います。
    上がる時は、1時間以上上げられますので、調子の良い時に唱題するのが良いと思います。

  • #55

    みどりん (水曜日, 20 6月 2018 10:38)

    唱題が苦痛です。2年前に母が亡くなってから、頑張りすぎたのか、疲れてしまい、自分を大切にしてと、ペースダウンしたところ、自分の中の汚いイノチがどんどん出てきて、振り回されてるのがいやで御本尊に向かうと、苦痛なんです。仕事も課題ありなのに、この状態では結果出せないしと、困っています。どうすべきか頭ではわかってるのに、私の中のこどもが拒否ってます。いつもこれを繰り返してます。根本的にはどうしたらいいですか?

  • #54

    ひろこころん (月曜日, 18 6月 2018 05:43)

    こちらにコメントをお書きの方は、真面目で人望も厚かったのではと感じました。私も、自分で言うのもなんですが、そちら側に属していたかと思います、多分。
    でも、うつになり、当時、圏女子部長をやらせていただいていたのですが、とても続けられず、会社も、うつになってからも人の3倍以上仕事していたのですが、悪化して休職→退職。一部上場企業に勤めていたことに多少の自負もあったのですが、何しろ、築きあげてきたものがことごとく崩れ去りました。うつも10年以上治らず、部員さんだった人から、池田先生の指導を通して、サボってないて頑張らないと!的な手紙や訪問も何度もありました。あ、今もあります。
    死にたかったです。

    でも、AIの番組を見ていたときに、ふと気付いたんです。
    私は聖人君子を目指していたんだと。
    でも、そんなのはAIでも出来ると。
    私が今まで、だめだだめだと押し殺してきた心、そこに自分らしさがあるのではないかと。
    人は脳の3%しか使っていないという説がありますが、だとしたら、3%で考えた理想像に自分を当てはめるのはとてもつまらないことだと思いました。
    100%の自分らしさを引き出すのが本当の信心なのではないかとの思いが沸き上がってきました。

    AIには煩悩がない。
    煩悩即菩提、ダメだと思っていた感情にも向き合う。大切にする。
    以前、「人間 池田大作」というビデオがありましたが、この「人間」の部分に大きな意味があるんだなと、強く感じました。

    自分らしくない人生を送っていたから、ご本尊様が、そんなちっぽけな人生じゃなく、もっともっと可能性のある、楽しくてしかたのない人生が待っているよって、今までの人生を、強制シャットダウンしたのかなと感じました。信心していたからこそ、気付かせてもらえたんだ!と、うつうつとした思いが感謝に変わりました。私には大きい使命がある!と確信しました。
    そして、自分の心を、不惜身命の思いで守っていこう!と決めました。
    そうしたら、まず、家族が変わりました。それから、病院も変わることになりました。自分でなにもしなくても、諸天善神が現れて、良い方へ良い方へ、目まぐるしく進んでいくんです。凡夫の身では計り知れない、大きな力が動きました。

    今はまだ治っていませんし、思い通りにいかないことがほとんどですが、大筋では前進していると分かります。自分で何とかしようとせずに、ご本尊様を信じてすべてお任せしよう。心に反して無理は絶対にダメ。心こそ大切なれ。心が喜ぶことをしてあげようと実戦しています。心の師とはなれども心を師とせざれ、も一緒に考えています。
    長文、失礼いたしました。

  • #53

    元創価班 (木曜日, 14 6月 2018 05:04)

    tamako様、ご返信ありがとうございます。
    金銭的には、大丈夫です。
    焦らず、無理せず、楽せず、マイペースでいこうと思います。

  • #52

    tamako (水曜日, 13 6月 2018 16:06)

    元創価班様
    お疲れ様です。
    世法として知恵を尽くす、主治医を変える、治療法を変える、自立支援、
    年金など行政の手を借りて生活を立てるなどは必要だと思います。

    それと、わたしもうつ病で10年になりますが、
    これを書くと、河合様のお手紙と相反することになるのですが、
    「絶対に治そう」と思うより、「治らなくてもいい」「わたしはわたしだ、
    この、ままにならない頭と体で生きていくのもわたしの人生だ」と
    病気を受け入れて養生していったとき、薄紙をはぐように良くなって
    行きました。

    信心とは本当に奥深いものだと思います。

  • #51

    K (月曜日, 11 6月 2018 23:37)

    うつ病なのか、日顕の魔なのか、よく分からないです。

  • #50

    元創価班 (木曜日, 07 6月 2018 19:04)

    中度のうつ病になって、10年ほどたちます。
    もう、46歳になって、将来に全く希望が持てません。
    どうしたら、いいでしょうか?

  • #49

    薬王 (木曜日, 07 6月 2018 09:35)

    ---------
    送信者:名前:泉・・・

    ブログ拝見いたしました。 ありがとうございます。 私の知り合いにガンと闘っている婦人部の方がいらっしゃいます。 その方に「病苦(ふゆ)の日も  祈り祈りて  明日(あす)の勝利(はる)」 この先生の和歌を送らせていただきたいのですが。
    ---------

    #49への返信:薬王
    泉さま、コメントありがとうございました。
    この和歌は、池田先生の和歌ではなく、
    河合氏の和歌でございますm(_ _)m

    追伸:皆様へのお願い。
    コメントの「お名前欄」は本名でなく、
    ニックネームでお願い致します。

  • #48

    ふうこ (月曜日, 04 6月 2018 10:59)

    寄り添ったお手紙ですね。辛い時ほどお題目。でも辛い時ほどご本尊様の前に座るのも命が負けてしまいます。

  • #47

    坂本 (水曜日, 23 5月 2018 15:05)

    5月20日付の聖教新聞、「名字の言」に慰められました。私は土日に代配をしています。その日は配達しながら記事を読んで、涙が止まりませんでした。
    また、先日、地区の座談会に行ったとき、幹部指導で、「なぜ、この病になったのかと過去の原因を探ってばかりいてはいけない、未来に目を向けてこの病を信心で治していく、広宣流布のために元気な体にしてくださいと祈るんです」との指導がとても心に響きました。唱題のリズムというか、速さの大切さについてもお話しされていました。池田先生のお題目のあのリズムがいいのだと。

  • #46

    坂本 (火曜日, 03 4月 2018 19:26)

    Tamakoさま

    メッセージ、ありがとうございます。うれしいです。
    おっしゃるとおりです。何もかもが、苦しくてつらいです。
    休んでいても「こんなことしていて、いいのか」と思ってしまいます。

    それでも、「これでいいんだ」と自分に言い聞かせながら、休んでは進み、休んでは進みを繰り返して行こうと思います。

    Tamako さまも、おかんドスコイさまも、ほんとうにありがとうございます。
    こうして、励ましていただいたこと、うれしくて、泣けてきます。

  • #45

    tamako (月曜日, 02 4月 2018 06:58)

    坂本様
    わたしも同じ感情で苦しみました。
    お題目を上げればあげるほど、「自業自得」「宿業」が浮かび
    自分を責め、「わたしはいないほうが公布が進むから死のう」とまで
    考えました。

    でも、自分を責めてしまうこと自体が病気の症状なんですよね。

    また、うつ病には「罪業妄想」という妄想が起きることがあるそうです。
    自分は罰を受けているというという「妄想」です。
    この妄想は信心とシンクロしやすいと思いました。
    だって、実際「罪業」という考えが教学にあるからです。

    学会員はいつもいつも
    「感謝を忘れずに」
    「頑張れ」
    「前進前進」と教えられて生きています。
    うつ病はそれが出来なくなる病気。
    なのでその教えがかえって自分を苦しめる毒になってしまうことがある。
    わたしは「絶対に治りたいと思いなさい」という言葉すら
    重くて重くて苦しかったです。

    信心活動を休むことは信心を捨てることではありません。
    このブログに書いていただいてあるように、
    信心活動も休養して今は体優先でいいのではないでしょうか。



  • #44

    おかんドスコイ (日曜日, 25 3月 2018)

    はじめに、薬王さま。このような場を設けて下さり 本当にありがとうございます。

    坂本様
    私も、長い間 自分で自分の首を絞め続ける日々を過ごしてきました。えぐるような苦しさに、先輩同志に助けを求め それまで通院していた(合わない)医者を替える きっかけにもなりました。そこで出会った先生(女性)との相性も、ご本尊の御計らいであると大確信しています。今も通い続けております。17年以上のお付き合いです。その先生は「この病になった事は、決してマイナスではないです。」とも言われました。そして「薬は半分の助け」とも。
    あと、すがる思いで会館に電話し、話を聞いてもらったりして、自分を肯定する事の大切さ等、を教えていただきました。自分の命を尊ぶ。生きているだけで凄いのです。
    私も、まだまだ途上です。でも今、ありのままの自分で居られる時間が増えました。無理をして自分を追い詰めることをやめましょう。そして、快方に向かえば、自然に感謝の思いが湧いてきます。とにかく、自分を大切にして下さい。
    家族にも、「苦しい。」と言えるといいですね。少しずつです。焦らないで。

  • #43

    坂本 満子 (金曜日, 23 3月 2018 08:49)

    おかんドスコイ様
    #42は私へのメッセージでしょうか?
    でしたら、ありがとうございます。
    恨みつらみばかりの自分が嫌でしょうがありません。そんな自分を好きになれず、「依正不二」を考えれば、何もかも自分が悪いのだと、自身を責める気持ちばかりでいっぱいです。
    理屈では感謝できていても、果たして心で感謝できているのだろうかと、疑問に思っています。
    感謝の題目、歓喜の題目をあげたい、でも、辛い気持ちが湧き上がって泣けてくる。
    家族は誰も私のこの気持ちには気づいてもらえない、また、心配をかけるので、気づかせてもならないと思っています。
    私は、ひとりで、とても寂しいです。

  • #42

    おかんドスコイ (土曜日, 17 3月 2018 17:57)

    生きづらい人生を積み重ね、57年。パニック障害、強迫性障害、強迫確認、その他諸々、そして、ひどい鬱になり14年間続けた配達員をやめ、会合等も出られない時期が10数年。勤行 唱題はできず、苦しい胸中で「大聖人様、池田先生 助けて下さい‼︎」と叫び続けてきました。焦る気持ちで いつも自分を責めてしまいました。
    でも、57年の人生の中で、功徳を感じることも確実に多々ありました。

    今は、感謝の思いを感じる事がとても増えました。
    未入信の主人に沢山の「ありがとう」を伝える自分がいます。

    1年程前、生まれつきの脳の機能の偏りの発達障害(自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群)であることも医師から言われ、生きづらさの原因を認識しつつ、
    池田先生の「焦らなくてもよいのである。」をモットーに、形式ではなく
    「心こそ大切なれ」で日々を生きています。
    心に、大聖人、池田先生を求める思いがあれば、仏法証明しつつある人生だと
    思います。一番苦しんだ人が幸せになる信心です。私たちも然りです。

    信頼できる学会の同志とのつながり、また相談室で話を聞いてもらう、等も
    良いかと思います。一人で苦しまないで下さい(悪循環)。

    私も絶望との格闘の時も多々ありますが、今が一番幸せです。

  • #41

    坂本 (木曜日, 22 2月 2018 21:54)

    26、7の頃にパニック障害になってかれこれ27年が経ちました。
    「どうせ、私なんか何をやってもだめだ」と言う気持ちがいつもどこかにあって、生きているのがつらいです。かといって、死ぬ勇気もない。お題目をあげてても、会合に行ってもちっとも楽しくない。信心が楽しくないから折伏しようがない。新聞推進もできない。
    こんな私は生きてる価値がないと、とても苦しいです。でも、外では人に対してはニコニコしてるんです。精一杯の笑顔で。
    一ミリでも二ミリでも前へと毎日唱題に挑戦しています。
    未来になんの希望も持てないでいます。
    早く、ポックリ死ねたらなあって何度も思います。

  • #40

    しーま (火曜日, 13 2月 2018 00:11)

    学生の息子の病て三年ほど悩んでいます
    自分なりに頑張ってひいたつもりでも
    祈りの姿勢や相手への思いが
    微妙にずれてしまっていたかもしれません
    息子へのサポートも
    気をつけていても本末転倒していたのか
    それとも知らないうちに押し付けてはいなかったのか
    もう一度自分のかかわりを見つめて
    改善してみます
    なぜこんなに心にしみるのてしょう
    心の問題は繊細で頑張ってるつもりでむ
    一念の置き所が少し違うだけで
    幸せから遠く離れていたことも多々ありました
    河合先生の深い思いを
    正しく実践することは難しいけれど現状を建て直す良い機会になりました
    河合先生のこんな貴重なお手紙を
    偶然にもネットでたどりついて
    読む事ができたこと自体が
    本当にありがたく功徳です
    とても参考になり救われました
    掲載してくださってありがとうございました

  • #39

    イチゴ (金曜日, 01 12月 2017 08:17)

    私は今年大学卒業した、女子部員で、4世です。この記事を掲載して下さり、ありがとうございます。
    自分の精神がどれほどまでに追い詰められているのか、最近になるまでちゃんと分かっておりませんでした。事情は沢山ありますが大まかに言うと家族からの虐待が原因です。
    今私は分岐点というか、壁に直接ブチ当たっているのだと思いますが、信心しているからにはこの仏法で理解したい、幸せになりたいと思い、幹部指導を受けたり、自分に当てはまりそうな単語に"池田先生"と加えて何か無いかググっています。そしてこの記事にもたどり着きました。河合一さんという方がいることも知らなかったですが、いつも地獄界にいるこの心に、とてもスッと入ってきました。そして分かりやすいです。
    私の場合は鬱とフラッシュバックと、何故もっと早くに自分がこんなに苦しいことに気付かなかったんだろうという後悔の念にも縛られます。もしくは気付かなければ良かったとも思います。通院は卒業する少し前からし始めました。
    鬱は本当に何もできなくなる病気です。夢は沢山あったのに、自分が"生きる"姿を想像できなくて、生きたいのに、生きることを考えると苦しくて心臓が速くなり頭が痛くなり、でも涙すら出なくて、好きなものも全部こわくなります。自分の知らない間に年をとっている感覚もあります。
    病には薬などの治療が必要で私も服用していますが、こうやって池田先生や戸田先生、河合さんのご指導を繰り返し読むことで更に生命の薬になっているのだなぁと感じました。
    「元品の無明を対治する利剣は 『信』の一字なり」、「絶対に治る」と信じることだけが、あなたを「蘇生」させる、とても響きました。
    この大仏法を信じるとは何かについて前より理解できたと思います。
    恩師に喜びの報告ができるように、御本尊様に自分のペースでもっとお願いしていこうと思います。
    改めてお手紙を開示して下さったことを感謝します。

  • #38

    日替わり御書 (木曜日, 21 9月 2017 00:54)

    全文、読ませて頂きました。
    私の知人にも、心の病を患っている方が大勢いて、とても参考になりました。
    ありがとうございました。

  • #37

    ののり (火曜日, 05 9月 2017)

    初めまして
    この河合師範のお手紙を読ませていただいて鬱状態から回復できました
    本当にありがとうございました

  • #36

    tamako (月曜日, 07 8月 2017 17:33)

    ふるぽんさん、

    コメント拝読しました。
    うつ病からくる身体表現性障害、もしくは仮面うつ病ということでしょうか。
    いずれにしても、信心をしていても心の病気にはなるし、信心しないから
    こんなことになる、題目をあげないからこんな病気なる、もしそんなふうに
    考えておられるなら、切ないです。

    ご主人が疲弊されていることは確かなようですし、ここは、
    「わたしがお題目をあげているから大丈夫よ!」とからだと心を休ませ、
    安心させてあげて欲しいと思います。
    これは気休めではなく、家族のお題目は必ず家族に通じると思います。

    また、一緒に診察に行くのもいいと思います。
    服薬、カウンセリング、休養、認知療法、いろいろな治療法があると思います。
    知恵を働かせて治療をおすすめください。

    ご主人の苦しみを通して自分もまた宿命と闘っているのだと
    思えれば、唱題、闘病の励みにもなりますね。
    人のためにあげた題目は必ず自分の身にもなります。


  • #35

    ふるぽん (水曜日, 02 8月 2017 01:51)

    こんばんわ。夜分に失礼します。
    今、夜中ですが、どうしたらいいのか、知恵をいただきたく、投稿させていただきます。
    夫が2年前に定年し、その半年後位より、身体に痛みを訴えだし、現在に至ります。今は、3か月ほど前より、心療内科に薬を服用しながら週一で
    通院中です。元々、キレやすく癇癪持ちで、よく私に当たってきました夫でしたが、私が気持ちを伝えたことと、精神科の薬の服用で今は、大人しいのですが、
    身体の痛みだけが取れず、毎日苦しんでいます。
    実は、元々(子供のころ)学会2世だったようで、私が嫁いだころ(20年前)は義両親が信心していたようですが、何があったのか?夫は、自宅に仏壇(御本尊様)があるにも関わらず、「学会も日蓮宗の考えも理解できん」と言い張り、私が嫁いで信心して、お題目を勧めても嫌がるばかりです。
    そんな中、この状態です。

    何度か「手を合わせ、お題目しましょう」と言いましたが、頑なに、拒否します。
    病名は「身体化」という、脳からの命令で、うつが体に症状として出ている状態だそうです。

    このような夫、どうしたらいいのか?
    本人は嫌がるんで、私がお題目あげてますが、こういう時どうしたらいいのでしょう。よろしくおねがいいたします。

  • #34

    matumo (日曜日, 30 7月 2017 15:05)

    皆さま、自身が大人の発達障害で指針となる御書の箇所を紹介してい頂けたらと思います。

  • #33

    na/jun (日曜日, 21 5月 2017 19:01)

    はじめまして
    五年前から
    対人恐怖症を主とする
    社会不安障害にかかり
    今は抗うつ剤は飲まなくなり
    少量の安定剤で過ごせるまでに
    なりました。

    当時私は男子部 県幹部
    人材グループ 総県幹部等々
    五種類を兼務していました。

    手を抜く事が出来ない性格からか
    毎日毎日飛び回り
    自身の体調の変化に気付いた時には
    目の前が真っ暗になりました。

    しかしながら、ドクター部の方の
    ご紹介のクリニックに通いながら
    一年で抗うつ剤を辞め
    一年半で組織活動に少しづつ参加出来るようになりました。

    中には理解してくれない人達もいましたが、苦しくてお題目があがらない時は
    仏壇の前に端座して
    突っ伏して
    毎晩泣きながら過ごした時期もありました。

    自分にしかわからない苦しみ
    誰にでもあると思います。
    しかしながら
    御本尊様の前に突っ伏してでも
    お題目があがらなくても
    しがみついて
    しがみついて
    乗り超えていってほしいと
    思います。

    私が体験した事は
    地元組織で同じ悩みを持つ同志を
    励まし、乗り超えさせる為に起きた事なんだと、御本尊様に感謝です。

    皆様にとって少しでも
    励みになればと思い
    書き込みさせていただきました。

    失礼いたしました。

  • #32

    tamako (水曜日, 12 4月 2017 14:24)

    <(月曜日, 17 11月 2014 22:10)>
    <I様からのコメント に対するコメントです。

    「心の病」と一口にいっても、うつ病は「脳の病気」でもあります。
    ここが、
    (精神的に迷路の中にさまよう時期が何十年もありました。)
    (心を深く病んで、解決方法を望んでいる人)
    と言うような、いわゆる悩みがあって心が病になっている状態の人とは
    かなり異なる病気です。
    うつ病は悩みがあるから病気になって悩みのせいでいつまでも治らないわけでは
    ありません。
    悩みがなくても「苦しい状態」になってしまうのがうつ病です。
    脳という臓器の病気なので、そこが普通の「精神的な病気」と大きく違います。

    まず、「脳(体)を治さないことには」心が動きません。
    いくら、「心(=実は脳の一部。海馬とか扁桃体とか)」の師となれ、と
    言われても、脳が機能障害を起こしているので心や感情は動かないのです。

    そこが、難しいところなのです。



  • #31

    k (金曜日, 31 3月 2017 02:26)

    もう一度、原点に帰って、日顕ぶっ殺す題目を上げようと決意しました。

  • #30

    奈須 大 (木曜日, 12 1月 2017 04:57)

    おはようございます。
    私は躁うつ病です。通院が19年前から。病院は何度も変えました。最近、反復性うつ病から躁うつ病の診断となりました。病院の先生はあなたの病気は持って生まれたものですから、と言われ、まさに願兼お業だなと思いました。
    去年から今年にかけて、4度倒れ、4度立ち上がりました。昨日より職場復帰。
    勤行・唱題ができるように、なりました。

    大変貴重なご指導を読ませていただき、一段と勇気が湧いてきました。
    ありがとうございました。

  • #29

    k (金曜日, 06 1月 2017 06:42)

    その奥の法則を「不思議法則」と勝手に名づけたんです。
    どういう法則かというと、たとえば、困っている人のため、家族のため、
    また、学会活動のため、広宣流布のため、世界平和のため、
    世の中の正義のために、戦う。だけど我慢して、自分を殺して、すなわち、
    自分を粗末にしてやる人は、福運を失う。したがって、自分を粗末にしているように、
    人からも粗末にされるようになっていくという法則なんですね。
    「私さえ我慢すれば、私さえ耐えていれば、いつかこの苦労が実るときが来る。
    それまでの辛抱だ」。「陰徳あれば陽報あり」なんだからと。やればやるほどひどく
    なるんです。これでもかこれでもかというくらい、ひどい目に遭うんです。
    つまり、これは陰徳にならないんです。どうしてかというと、妙法の当体を殺している
    からなんです。同じ事をやっても自分自身が喜びながら、楽しみながら、
    自分の命を輝かしながらやることは、これは福運になっていくんです。
    したがって、自分を大事にしているように、人からも大事にされていく。
    ちょうど、今月のSGIグラフ(2000年5月号)の中で奥様のことを池田先生が
    おっしゃられています。いつも奥様は微笑まれている。「幸せだから微笑むので
    はない。微笑んでいくことが幸せの因になっていくんだ。幸せだから微笑む、
    幸せの結果として微笑むんじゃないんだ。どんな大変なときも、そこでにっこり
    笑っていく、その命に福運が増していくんだ。」という意味の一節がありましたが、
    まさに、不思議法則です。
    たとえば、「折伏すれば開ける」「新聞啓蒙すれば幸せになる」また、
    「財務に何桁に挑戦すれば幸せになる」。こういうのを餓鬼道と言うわけです。
    見返りを求めている。したがって、やっても開けなかったら恨みになってしまいます。

    菩薩道というのは違うんです。大聖人は「自他共に喜ぶなり」といわれています。
    有名な徳勝童子の譬えがありますね。

    みんながお釈迦様に供養している様子を見て、僕も何か供養したい。
    でも、何もさしあげるものがないから、土饅頭をこねてさしあげた。その功徳で
    阿育王に生まれ変わることができたという話しです。
    ところで、もし、このとき、徳勝童子が、土饅頭をお釈迦様にさしあげれば、
    後で功徳がある。それを期待して土饅頭をさしあげる、という取引のような
    気持ちでやっているとしたら、その心には、福運はつかないでしょう。
    真心から喜んでしていく。その命に福運がつくんですね。ギブアンドテイクでは
    ないんです。いわゆる自己犠牲精神じゃないんです。

    一生懸命、自己犠牲精神で頑張っていればいつか功徳が出てくるだろう
    というのは間違いですね。この不思議法則。自分を輝かせながら生きて
    いく方と、自分が我慢していく方と、池田先生はどっちでしょう?
    明らかに前者なんですね。喜んでやってらっしゃるからあんな詩が書けるの
    でしょう。嫌々、苦しみながらでは、あの写真は撮れないでしょう。

    (会館の壁にある池田先生が撮られた花畑の写真を指差しながら)
    池田先生の写真を見てみてください。先生の写真を見ていつも思うんです。
    あれを見ていると、ちょうど女子部や婦人部が「先生!」って言っているのと
    同じように感じません?あの花々が。我々が撮るとなかなかああいう感じに
    ならないですね。花がただそこに咲いているって感じになるんです。

    しかし、先生の写真には、訴えかけてくるものがある。どうしてだろうと考えました。
    そしてつくづく思ったんです。法華経というのは「喜ぶ経典」なんですね。
    池田先生は喜んでいらっしゃる。喜びの生命(いのち)に自然が感応しているん
    ですね。その喜んでいる自然を撮っている。だから、「自然との対話」と
    名づけられたんですね。

    この話をある芸術部の人にしました。すると、その方が以前、先生と会食した時、
    先生が「みんなにはわからないかもしれないけれど、僕は自然と話ができるんだよ。
    その対話の写真なんだよ」とおっしゃられたそうです。
    この不思議法則。不思議というのは妙。法則は法。すなわち、妙法なんですね。
    したがって、妙法の当体を粗末にする人は、福運を失うんです。妙法の当体を
    輝かせる人は、福運を増していくんです。現実にどういう行動をとっているかと
    いうことは大事です。しかし、自身の本心がどっちで生きているのか。
    自分の生命を輝かせ、楽しみながら生きる方向なのか。自分を卑下し、
    追いつめていく方向なのか。その生命の奥底がどちらに向いているかが
    さらに重要なんですね。

    於保さんの記事から引用

  • #28

    k (火曜日, 29 11月 2016 11:49)

    催眠療法のアプリは、効果を感じました。
    普通の催眠療法では、かなり高額になるので、アプリだと安価ですし、毎日聞かないと効果はないと思いました。
    楽観的な自分になったと思います。

  • #27

    k (金曜日, 21 10月 2016 18:48)

    関東の学会員さんへ

    僕も、組織の人間関係にはかなり悩みましたが、腹が立つ人の成長と幸福を祈ることで、乗り切りました。

  • #26

    関東の学会員 (日曜日, 16 10月 2016 11:17)

    お疲れ様です。
    この指導、僕は好きです。
    今、組織の人間関係にすごくすごく悩んでいます。大袈裟な話この世から消えてしまいたいと思うほどです。

    正直、今はもう学会活動をやりたくないです。
    涙が出るほど辛いです。
    ただ、地区リーダーという立場上そういうわけにもいかず今、もうどうすればいいかわからないです。

  • #25

    k (木曜日, 18 8月 2016 15:18)

    今回の法戦で得た功徳は、心が少し強くなりました。
    今では、安定剤もあまり飲まなくなり、題目も以前より上がるようになりました。
    まだまだ、寛解まではいきませんが、師弟不二の題目で、絶対勝利したいと思います。

  • #24

    ゆーまんママ (土曜日, 16 7月 2016 17:50)

    以前も投稿させていただきました。
    体調もよくなり安定剤も飲まなくてよくなり会合に参加するぞ!と意気込むと子供が発熱、実家の父がのうこう脳梗塞で入院、母間も落ち込み、実家の家事に父の自営業の仕事の対応におわれ、本当に魔との戦いの中、会合にはなかなか参加するぞ!できませんでしたが、参議院選挙の戦いにもどうにか参加することができました。選挙をお願いするなかで悩みを打ち明けてくれ、お題目三唱や胸中題目に挑戦してくれる友人もいます。
    自宅の家事、育児、実家の家事や家業の手伝いに父の通院や医療関係のパートもあり、本当に魔が強いし、することが多すぎてまたお薬をすこし飲み始めました。なかなか、本当に病気なの?と理解してもらえずつらいこともありますが、負けずに魔を打ち破ってゆう友人にご本尊さまをもたせてあげたいと思っています。

  • #23

    こまわり (火曜日, 05 7月 2016 22:52)

    #8nonさまへ
    #22こまわりです。お母さんの病気は、多重人格障害つまり人格解離が出ているようです。ご本尊の前に座らせて勤行唱題始めると、その業が現れてくる人がいます。昔、本山の大石寺で登山会があっていた頃に、大脚殿で勤行しだしたら折伏された人が、座ったまま跳び跳ねたと聞いたことあります。「油揚げが欲しい。」だの「ロウソクが鳥居に見える。」だの、怯えて周りの人が跳び跳ねる人を押さえつけて治まるのを見届けていた。との話しを思い出しました。
    キツネ信仰が長かったりすればその様な場合が出てきます。お母さんの場合もそれと同じと思われます。
    出してあげて下さい。そうしないと何のための信仰かわかりません。
    この信心は、根こそぎ変われるんですよ。だから革命できると思います。
    うつもそうです。薬は、あくまでも補助。つまりは、やはりこの信心に行き渡る。
    方法論ではなく、法華経の兵法だと思います。必ず乗り越えられる。

  • #22

    こまわり (火曜日, 05 7月 2016 11:55)

    はじめまして。壮年部で、地区部長務めている者です。今は求職の身です。今度の選挙支援の活動は、勇気がいつもより要ります。
    魔が競っているような気がします。一度再就職を果たしたのですが、職場環境が合わす、体調崩し退職しました。「うつ」の再燃です。今度は、合っていた薬が合わす、副作用が特に強く出て、今は漢方の薬に変えています。支部内、地区内に体調不良のメンバーが特に活動家に多く、不気味な感じがしています。活動は、気分的にいい日は動いています。寝ていても、落ち着きなく、一日ツラい日々です。

  • #21

    コスモス (木曜日, 09 6月 2016 15:00)

    このページを見て、闘っているのは、悩んでいるのは自分だけじゃないのだと、力をもらいました。ありがとうございます。
    春から抑うつ状態で、生命力が湧かない状態です。ご本尊様の前へ座っても一念が定まらず、だめだなぁと落ち込みお題目が思うようにあげられません。あげられないと自分の命の境涯もどんどんどんどん下がっていく感じで、こんな姿で人と関わりたくないと思ってしまいます。お題目あげて、きれいな命になりたいと思いますが、お題目がんばれないのは、自分の弱さだと思ったり、自分のペースでどのようにがんばったらいいかわからなく、悶々としてしまいます。

  • #20

    Breeze (火曜日, 19 4月 2016 01:44)

    私は10年前から心療内科に通院しています。仕事は最高4年、転職を繰り返していました。うつ病になった時は『これは普通じゃない』と思いました。女子部として副本部長をさせて頂いていましたが、会合にも出れなくなり年齢もあり婦人部に移りました。
    しばらく休み御書を読んだり出来る範囲の活動をしていますが、組織の地域性もあるのでしょうか、早く良くなり人材に成長して欲しいと言うのが有り難くもあり、苦しくプレッシャーというのを感じてしまいます。
    自分を責め、高齢の親に心配をかけていることに申し訳なく思います。

    現在無職で公的援助を受けさせて頂いています。少し良くなってくるとアルバイトなど行動しますが思っていた人生では無いことが情けなく、若い時の様には行かず結果に焦り悪循環です。

    河合さんのお手紙心に響き安心しました。
    必ず良くなると信じ少しずつ進んで行きます。病気を治し幸せになりたいです。

  • #19

    おげちゃん (日曜日, 03 4月 2016 22:54)

    私は、うつと診断されてはいませんが、この1年ほど『勤行しなくちゃ』と思ってもなかなかすることができなくなりました。特に今年に入り娘が脱会したいと言い、婦人部長と話し合い・指導も受け、でも勤行しているところを見られると暴れだしそうで、夜はできなくなりました。4人家族で現在、信心しているのは私だけです。今、娘のこと・仕事のこと・経済的なことに悩んでいます。だからこそ勤行しなくちゃ、お題目あげなくちゃと思うんですができません。できないと『やらなくちゃダメじゃん。』と自分を責めます。ご本尊様の前に座ってもなかなかできず、気がつくと1時間も経っていることもよくありました。リフレッシュしようにも休みが無いので、どこにも行けません。ご本尊様の凄さはよくわかっています。この悩みは絶対乗り越えられる、勤行しようと毎日葛藤してますが…ダメな私です…

  • #18

    由美 (金曜日, 25 3月 2016 00:00)

    ありがとうございます。私は、躁鬱病の、障害2級です。8年前に、障害者に成りました。看護師をしていました。…24年間の中で、次第に悪化して、障害年金暮らしです。入院も、2回程、致しました。パニック障害も有りましたが、現在は、服薬なく、症状もなく、完解状態です。最近は、またグループ長に、復帰致しました。現在、53歳です。障害年金ということで、いくらか生活していける状態です。病は悪化しましたが、生活の保証があるだけ、功徳だと感じています。教学1級に、チャレンジできる時期を、待っております。多宝の、皆様の多い地区です。…いずれは、婦人部長にと、多宝の方より、期待を寄せられております。…マイペースな、婦人部長に成るでしょうが、私の使命として、広宣流布して参りたいと、思っております。

  • #17

    haruurara (日曜日, 06 3月 2016 00:05)

    私は心療内科に通院してから約10年になります。転職は何度もしました。指導受けましたがやはり続かないのです。指導通りに出来ない自分を責めました。
    河合一さんのお手紙心に響きました。今のままで良いとは思っていません。歩みは遅くても必ず元気になりたいです。

  • #16

    春野日差し (土曜日, 27 2月 2016 14:06)

    こんにちわ
    私は うつ状態になりひきこもり数年間くるしい時がありました。
    今は会合などに参加でき、題目もあげ仕事にもつけて(正社員ではないですが)
    とても元気になりました。

    今は役職もないんにもないですし、組織でやらなくてはいけないことは特にありません。そのような状況も周りの方の配慮なのだと感謝しています。

    今はできることを少しづつですが、会合などのお手伝いや仏法対話をしています。
    ストレスをためやすい性格や、長続きしない生活などその他いろいろ悩みはありますが、乗り越えて信心の素晴らしさを周りの方に伝えれらる人になりたいです。

  • #15

    ゆーまんママ (木曜日, 07 1月 2016 18:39)

    薬王さま

    コメントありがとうございます(*^^*)
    コメントいただけただけでもなぜか
    涙が出ました

    理解しようとしてくれる人がいる
    と思うだけで、もう治ったようにさえ感じます。

    ありがとうございます(T-T)

    極悪!日顕打倒の祈りですね!!!

    強く祈りたいと思います。

    池田先生、奥さまにもお手紙を書いて見ようと思います。

    病魔には負けませぬ。

  • #14

    薬王 (水曜日, 06 1月 2016 23:42)

    >ゆーまんママ様
    ■はじめまして、コメントありがとうございます。

    >自分のペースで最後には勝つと言い聞かせています。
    顔晴ってください。応援いております(^_^)v

    >辻副会長のご指導をネットでみつけてそれから、
    祈り方を変えて体調が良いときに挑戦しています!

    ■辻副会長の指導は昔から有名で、一時的に効果はありますが、
    当時はまだ日顕(第六天の魔王)が出現していませんでした。

    日顕が出現した現在では「民衆を苦しめる極悪は許さない」という
    「法華経の行者の祈り」→ (一切衆生を幸せにする決意・衆生無辺誓願度の誓い)が
    大事となっています。

    当時の指導は素晴らしかったですが、
    宿業にとらわれず、未来の勝利ため顔晴ってまいりましょ~(^_^)v

    ご参考に池田先生の『御書と師弟』より抜粋
    ☆『未来の果』を創れ
    信心とは、過去から現在、また現在から未来への幸福を照らし出す道です。
    『過去の因』に縛られ、『現在の果』を嘆く人生は不幸です。

    確かに、一面では『過去の因』があって今がある。
    しかし、今の自分の境涯を高めていくことで、
    過去の因は悪因ではなくして善因となる。

    過去に囚(とら)われない。

    いな、過去さえも変えていく事が出来るのです。

    そして、今この瞬間の一念が変われば、
    それが『現在の因』となって『未来の果』をいくらでも変えていけます。

    日蓮仏法は、太陽の仏法です。現実を変革し、未来を創る希望哲学です。

    わびしさや諦めなどない。
    くよくよ愚痴をこぼす事などありません。

    今の一念がどうか。
    それによって、常勝の道が深く、強く、出来上がっていく。

    生死流転の苦しみを断ち切り、勝利と栄光の果を創造していけるのです。

  • #13

    ゆーまんママ (水曜日, 06 1月 2016 14:20)

    このホームページを組織の方にも是非みてもらいたいです。

    とくに役職のあるかたに…

    何人かには紹介ができました。
    学会員さんは元気な方が多いので、外部の方の方が理解がある場合もあり、辛いです。

    理解してもらえず、退転されてる方も多いのではないかとおもいます。

    現代病でもあるので、理解が広まるといいなとおもいます。

  • #12

    ゆーまんママ (水曜日, 06 1月 2016 14:14)

    いろいろ探してこちらにたどり着きました!
    心がかるくなりました。

    女子部時代に三人折伏、部長、副本部長、白蓮班長までさせていただいて、そのおかげで自分の宿合を出していただきました。抑うつ状態になり、1年程仕事も学会活動もできなくなりました、その後もしょうせきのうほうしょうという難治性の病気にもなりましたが、回りの方のお題目のおかげで徐々に活動にお題目に挑戦できるようになり、結婚もでき、自宅も新築、子どもも障害もない元気な男の子をさずかることができました。 婦人部になりヤングの役職も頂きましたが、軽い不眠症になり、また活動ができなくなりました。 自分のペースで最後には勝つと言い聞かせています。辻副会長のご指導をネットでみつけてそれから、祈り方を変えて体調が良いときに挑戦しています!